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鞘いつこ

Author:鞘いつこ
契約作家で書かせていただいてます。BL中心に公開しています。
■幻創文庫

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 子供の頃からずっと、時に萎びたり、時にまた大きく膨れ上がったりしながら、ずっと胸のうちに存在し続けた願望だ。
 生きてさえいればいつかきっと良いことがある。
 四十年生きて来てようやく、その「良いこと」に巡り合えた。
 自殺機が開発されたのだ。
 すぐにも消えたくて死にたくて堪らないのに、恐れがゆえにそれが出来ず、なぜこの無意味な命を続けなければならないのかと苦悩しながら、日々傷を深め、心を汚し、世を憎み、愚かな自分を嫌悪しながら、そうする以外にどうすることも出来ずに鬱々と生き続けた人々のために、ようやく安息の利器が生み出された。
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今月八日、O県で痛ましい事件が起きました。
O県――市――小学校で、少年が別の少年に、持っていたカッターナイフで切りかかり、全治二週間の怪我を負わせました。切りかかった少年は、怪我を負わせた少年からいじめを受けていたため、仕返しのためにカッターナイフを家から持って来たと話しているということです。
この少年は、事件を起こす前日、学校でのいじめや家庭内暴力などに悩む子供達を保護する団体、「しずかのいえ」に電話相談をしていました。
その際対応した「セノオ」と名乗る男に、「いじめはする方が悪いんだから殺されたって文句は言えない。君は自分の身を守るために何だってするべきだし、何だってしていいんだ。警察に話を聞かれたら、いじめられていたことや、私と話したことを包み隠さずすべて正直に話しなさい。そうすれば君は罪には問われず、誰もが君に同情するだろう」と言われたということです。
しかし「しずかのいえ」では、少年が電話をかけたとする時間帯に男性相談員はおらず、不審者の侵入等もありませんでした。また、発足した六年前から現在に至るまで「セノオ」という名の関係者もいないということです。「しずかのいえ」の相談員が電話相談を受ける際には、その児童がどんな状況、精神状態であろうとも決して教唆するようなことはなく、常に冷静に児童の将来を考える応対をしているとのことです。
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 先輩芸人のMさんが部屋を借りました。
 年齢だけなら中堅どころのMさんは、最近じわじわと人気が出始めテレビで見かけることも増えて来ましたが、それに驕ったりもせず、昔から変わらず後輩達の面倒見のいい人です。最近になってようやく安定して収入が得られるようになったが、ちょっと前までいくつになっても「若手」同然だったと、酔うといつも下積み時代の苦労話になります。僕はMさんの後輩の後輩の後輩というかたちで、直接の繋がりはほとんどありませんし、一緒に飲みに行ったのも数えるほどしかありませんが、それでもMさんは僕の名前を覚えてくれているし、仕事振りも気にしてくれます。
 そんな人だから後輩達に慕われて、引越しの時も何人もの無名の若手芸人が手伝いに駆けつけました。僕もその一人です。
 Mさんが部屋を借りたアパートは、都心から電車で三十分ほどの町にある古い二階建てです。駅やバス停から遠く、最低でも自転車がないと買い物もしづらく不便だし、窓から見えるのは雑木林だけで、まぁとにかく何もないところです。辺鄙なところというのでしょうか。他の民家も離れていて静かなのはいいけど、静か過ぎて退屈な印象は、誰もが感じるところだったと思います。でもMさんは静かな方がいいらしく、特に不満はなさそうでした。というより、後で聞きましたが、知り合いの不動産屋から格安で紹介された物件だというから、文句を言う気もなかったのでしょう。なぜ格安かというと、実はここで陰惨な殺人事件があった……とかではなく、この不便さ退屈さゆえに入居者がおらず、安くするから入ってくれ、ついでに仲間にも紹介してくれ、という話らしいです。何でも、数十年前に近隣で大規模な都市開発計画が持ち上がったらしく、このアパートもその頃将来を見越して建てられたらしいが、結局計画は頓挫して近隣は何もなく静かで退屈なまま、となってしまったようです。下積み時代ならともかく、正直、今のMさんだったらもっといい部屋を選べたと思いますが、ボロアパートの方が面白そうだから、という芸人らしい理由もあるそうです。でもMさんには倹約家という一面もあるから、多少不便でも安く済ませられるならその方がいい、とも思っていたかもしれません。不安定な仕事ですから。何にせよ、独り身のMさんですから、Mさん自身で好きに決められます。
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 体調が優れないと、言っていましたものね。
 食後三十分足らず、そんなに量も食べていなかったけれど、体が拒否をしたのでしょう。
 あなたの身を案じて私が見つめる目の前で、あなたは食べた物を吐き出し、床を汚しました。
 胃の底からこみ上げる不快の塊に頬を膨らませて、背を丸め腹を波打たせ、勢い良く嘔吐しました。
 噴水の水が飛沫をあげて迸るように吐き出して、蛇が尾を引いて逃げるように、口元から生白い糸を引いて、あなたは茫然と足元を見つめる。
 床を汚してしまった罪を感じているのでしょう。私はあなたに微笑みかけてそれを否定し、あなたに早く着替えるように言いました。だって床が汚れた以上に、立って嘔吐したあなたは、自らの衣服も足元も吐瀉で汚してしまったのですもの。その方が余程私の胸を痛めます。服を濡らした吐瀉物が、あなたの熱を奪って、あなたがさらに体調を崩すかもしれません。私に急かされるまま、あなたは汚れた衣服を替えに行きました。体調のためか罪悪感のためか、力なく背を向けるあなたに、温かくして早く横になるようにと、私は一言付け加えます。
 さて、汚れた床の掃除は私の仕事です。
 私はその場に膝を突いて、両手を突いて這いつくばって、あなたが吐いた物に顔を近付け、唇を付けます。
 そのままずるずると啜りました。
 吐瀉物は半透明に濁り、先ほど私と共に食べた物が、噛み砕かれて中途半端に溶かされた状態でごろついています。一度は浴びた胃液のせいなのでしょうか、酷く強い粘り気を持っています。まるでこの不定形の吐瀉物が、一つの膜ですっぽり覆われているかのように、端から啜っても向こうの端までぶるりと震えて応じます。
 あなたの中から出て来たばかりのそれは、あなたの肌のように柔らかく温かい。
 目を凝らせば湯気の立つ。
 固形と紛う鼻汁のような粘液が、啜る舌の上でぬろんと転がり、強い苦みと酸味が口一杯に広がって、消化不良の異臭が鼻を衝きます。
 温めたミルクの表面に張った膜を摘まむように、床に這い、あなたの吐瀉物を私は啜り、ごくごくと飲み下します。いいえ、水を飲むように速やかな喉ごしではありませんけれど。粘り気が非常に強いものですから、舌一杯分を飲み下すのにも、何度も舌をうねらせ奥に送り、何度も上向いて食道に落とさなければなりませんでした。
 あなたの舌に触れ、あなたの歯に叩かれ、あなたの喉を這い、あなたの胃に抱かれた、食べ物だったものを、私は嬉々とした面持ちで啜ります。
 豆の食感や肉の筋がまだ残っているものも、中にはありました。それは粘液ごと奥歯で噛み砕いて飲みました。ぐじゅ、と柔らかな食感が、脳にまで響きます。細かく噛み砕くほど、なお口の中にあなたの酸味が広がって、私はやはり嬉々とします。
 あなたと、何かを共有している気になったのでしょうね。
 愛するあなたと一つになりたい。
 それが私の本心ですもの。
 啜り、噛み、飲み下し、そうしてしまいには、あなたが吐いたものはすっかり私の胃に落ち着いてしまいました。
 わずかに残る吐瀉の残滓を、舌で丁寧に舐め取り、それも飲み下します。
 床はすっかり綺麗。元通りです。
 床から立ち上がると、唇を濡らす胃液のあとを指先で拭い、愛しいあなたの寝室へと向かいました。

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

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