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二次/一般/真・女神転生
小説/二次【この家】
(0) cmts.  
 近所の商店街をあちこち歩き回り、豚肉と生姜とタマネギ、それからレタスとニンジンを買った。家の冷蔵庫には余り物のブロッコリーや大根もある。購入するのはこれで充分だ。
 育ち盛りの男の子らしく、息子は肉料理が大好きだ。野菜も食べるように、いつも口が酸っぱくなるほど言っているけれど、彼の箸は肉ばかり摘む。今日の夕飯は、豚の生姜焼きと野菜たっぷりのサラダにする。
 夫婦の口座に夫の給料が振り込まれていたので、食材や日用品を山ほど買い込んだ。両手に提げた白い買い物袋をカサカサと鳴らして十分ほど歩き、自宅に帰り着く。キチジョウジの住宅街の一角に、家族が暮らす家がある。夫婦と息子一人の三人家族だが、夫は新聞記者として事件を負うばかりで、あまり家には帰って来ない。
「ただいま、パスカル」
 小さな門扉を開くと、玄関前で真っ先に出迎えてくれる。シベリアンハスキーの愛犬、パスカルだ。飼い始めてもう六年にもなるだろうか。妻と息子二人だけを家に残しておくのも不安だったのだろう。夫が、知り合いの家で生まれた子犬をもらって来て、この家の頼もしい番犬とした。ソリ犬として血統を掛け合わされて来たハスキー犬は、身体は大柄で顔つきも凛々しく、外見上は威圧感ばっちりだ。だが、パスカルに関して言えば、番犬というには少し甘えん坊な部分が強い。体質的にも、北国の犬だけあって寒さには強いが、高温多湿な日本の夏に弱く、暑くなると長い舌を出して寝そべってばかりいる。見かけ倒しの印象も強いそんな彼だが、いつも無邪気に熱心に家族を愛してくれる。その愛情の深さに、彼女もその息子も、いつも元気づけられる。
 手が空いていれば撫でてあげることも出来たのだが、今は両手に買い物袋を持っている。甘えた鼻声を出して飛びかかって来るパスカルに、「ごめんね、今は駄目よ」と謝りつつ、あしらい避けて、彼女は家の中へ入った。
 キッチンに入ってやっと、買い物袋をテーブルの上に置いた。
 買い物自体は終わったけれども、買った物をそれぞれ適した場所に収納しなければ、本当の意味での買い物終了とはならない。
 まず真っ先に生鮮物を冷蔵庫に入れ、ティッシュやキッチンペーパー、洗剤などを所定の位置に置いていく。新しく購入したスポンジを袋から出して流し台に置く。ボロボロになった古いスポンジは、買い物前にすでに捨てておいた。
 それから、息子の穴の開いた靴下と、新しいものを交換しなければならない。
 甲斐甲斐しく動き回る彼女を呼び止めるかのように、不意に太い犬の声が響いた。
 外敵の侵入を報せるものか、パスカルが大声で吠え立てる。
 宅配便でも来たのだろうか、と思った。
 毎日訪れる郵便配達には吠えることはないが、何が気に入らないのか、たまに来る宅配便にはムキになって吠える。郵便配達は見慣れたが、宅配便は毎日来ないので、未だに慣れないとでもいうのだろうか。
 憶病なその吠え癖も直さなければと常々考えながら、もう六年が経ってしまった。
 手にしていた新しい靴下を置いて、代わりに印鑑を持って玄関に急いだ。
「こら、パスカル。静かになさい」
 玄関を開けて、パスカルに言う。門扉の内側の小さな庭を、落ち着きなくあちこち行き来しながら、パスカルは吠え続けている。
 その声がいつもと少し違っていることに、彼女は疑問を抱いた。
 宅配便や、初めての客人が訪れた時には、パスカルはもっと堂々たる太い声で凛々しく吠える。外敵の接近を報せるためと、近づく外敵に警告するためだ。大型犬らしい太く低い声で、相手との距離を計りながら、相手の目を見据えながら吠えるのが常だった。
 だが今は、どうも様子が違う。
 普段に比べて、声が妙に甲高い。
 落ち着きなくあちらこちらを歩き回る。毛が密生するふさふさの尻尾を股の間に押し込めて、不安げな高い声で、彼は吠え続ける。
 外敵の存在を家人に報せるよりも、恐怖を訴えているかのようだった。
 家の前を見渡しても、宅配便は愚か通行人の姿さえ見えない。
 動き回るパスカルだったが、時折家の横の勝手口に目を向けていることがわかった。そちらを覗き込んでみるが、あるのは動かぬ庭木だけだ。
 勝手口の扉に取り付けられた小さな窓からは、ついさっきまで彼女がいたキッチン内部が見える。もしかしたら、泥棒がここから中の様子を窺っていたのかもしれない、と思うと、背筋が震えた。
 家の周りをぐるりと回って、人が隠れそうな物陰まで覗き込んでみたが、誰もいないし、何もない。
 あるいは泥棒ではなく、猫か何かが入り込んだけれど、犬に吠えられてすぐまた立ち去ったのかもしれない。
 前向きにそう思うことにして、鼻を鳴らして怯えるパスカルに向き直った。
「何もいないわよ」
 ハスキー犬の大きな額を撫でてやり、やがて様子も落ち着いたようなので、彼女は家の中に戻った。
 印鑑を棚の引き出しに戻してキッチンに入り、置きっぱなしにしていた靴下を取り、息子の部屋に向かおうとした。
「ねぇ」
 声が聞こえて、足を止める。スリッパの底が、わずかに床を擦った。
 家の中には誰もいない。彼女一人だけだ。
 声ははっきりと聞こえたわけではなくて、離れた場所から聞こえたようだった。
 たとえば、窓の向こうから呼びかけるような、遮蔽物に声量を削られた小さな声だった。
 勝手口のすぐそばの窓の方だ。
 勝手口は、つい今さっき、飼い犬に訴えられるようにして見て回った。
「ねぇ、お母さん」
 幼い子供の声のようだ。
 もしかしたら、勝手口の向こうに誰かがいるのではなくて、勝手口の向こうのブロック塀のさらに向こうを、どこかの親子連れが歩いていて、その話し声が聞こえたのかもしれない。
 気にせずキッチンを出ようとした。
 犬の鳴き声が聞こえる。
 不安げに、怯えた鼻声で鳴いている。
「ねぇ、お母さん」
 気のせいだろう。
 その声が息子の声に似ている、と思い始めている。
 幼い頃の一人息子の声に、似ている気がする。
 疲れているのかもしれない。
 気のせいか、聞き間違いだ。
 でも、飼い犬パスカルの怯えた鳴き声は確かに、玄関先から微かに聞こえる。
 何者かがいるのは、間違いないのだろう。
 迷子が入り込んだのかもしれないではないか。
 意を決して振り向いて、勝手口に近づいた。
 鍵を開けて扉を開ける。
 扉の近くの窓の前に、人影が佇んでいた。
 子供のように小柄だけれど、奇妙な姿だ。
 頭のてっぺんから、細長い棒のようなものが生えていて、棒は空を指差すように直立している。
 無造作に伸びた髪は長く、顔まですっかり覆い隠している。痩せた身体は丸裸で、両手はやけに黒い。
 扉が開いたことに気付いたその人物が、彼女の方を向いた。
 長い髪の隙間から、血走った目が彼女をじっと凝視する。
 彼女もまた、ぼんやりと見つめていた。
 子供のような体格だけれど、子供にはない威圧感がある。いや、大人でさえ、これほど空気が軋むような雰囲気は醸し出せないだろう。
 人のようで、人ではない、「それ」が何なのかわからないままに、身体の震えが次第に大きくなっていく。
 これを生存本能というのだろうか。
 それが何者なのか、聞こえた声はそれが発したのか、それがこの場所で何をしているのか、何をしようとしているのか、何も理解出来ないまま、勝手口の扉を閉める。
 何もわからないけれど、ただ一つだけ、肌で理解出来たことがある。
 飼い犬を怯えさせていたのは、間違いなくこいつだ。
 閉じようとした外開きの扉を痩せた手で引き戻し、隙間から、ぐい、と顔を突き入れる。顔を覆っていた長い髪が退いて、大きな両眼と小さな鼻、牙剥く口が見えた。
「ひいぃ!」
 押し出そうと顔面に当てた手に、それは食らいついて喉の奥で嬉しそうに吠える。
 痛みと驚きで腰が抜けて、彼女はその場に尻餅を突いた。
 扉を閉じようとする力が失せたから、そいつは一気に雪崩込むように、室内に入り込んで来る。
 パスカルがあげる、悲鳴じみた吠え声が間近から聞こえる。飼い主を助けたくて勝手口まで駆けつけたのだろう。だが、そのパスカル自身の身体が、外開きの扉を押して閉じてしまい、彼の鳴き声は扉の向こうに消えてしまう。扉を引っ掻く爪の音が、ひどく残酷な音に聞こえた。
 スカートがめくれるのも構わず、そいつの腹や股間や足を蹴りつけたが、退く気配など微塵も窺わせず、彼女の腹を引っ掻いた。
 パスカルの声に重なるようにして、彼女の悲鳴が家中にこだまする。
 痛みで視界が大きく揺らぐ。脳味噌を直接掴んで揺さぶられるような不快感に、嘔吐した。吐しゃ物は、真っ赤に染まっていた。
 そいつが軽く腕を振るっただけで、彼女の腹はぱっくりと裂けたのだ。衣服も皮膚も脂肪も筋肉も、そいつの平べったい大きな爪により、呆気なく切り裂かれた。裂けた割れ目から血肉が噴き上がり、そいつは喉を鳴らして温かな血肉を啜る。
 何が起きているのかわからないまま、彼女のはらわたはそいつに食い荒らされた。
 清潔感ある白い床は、たちまち彼女の血で汚れていく。
 床も、流しも食器棚も、テーブルも、飛び散る赤い色に塗り潰されていく。
 彼女の目はもう、正常に物を見ることも出来なくなっていた。
 逆流した血を喉に詰まらせて、声をあげることも出来ない。そんな彼女の代わりというように、扉の外のパスカルは狂ったように吠え続ける。
 震える手も、真っ直ぐには伸びなかったけれど、彼女はテーブルの上にあるはずの靴下に、手を伸ばしていた。
 ついさっきまで、息子のことを考えていた。
 大切な一人息子のことを、考えていた。
 穴の開いた靴下でも構わず履き続けるから、いつも彼女が、新しい靴下を買ってあげるのだ。
 野菜も食べるようにと何度も言っているのに、彼は肉ばかり箸に取る。
 新聞記者の父親に似て、好奇心旺盛で、与えられる情報を疑いやすく、時に慎重になり過ぎるきらいがある。
 隣家の少女に気があるような素振りもあったが、実際のところ、ガールフレンドとは縁がない学校生活を送っているようだ。
 いつか彼が女の子を連れて来たら、どんな顔をすればいいかと、一人悩むのも楽しかった。
 本当に好きな女の子が出来たら、穴の開いた靴下なんか、履かなくなるかな。
 あれこれと考えながら、事切れた。
 最後まで息子のことを考えていたせいだろうか。
 彼女の表情は、微かな笑みに彩られていた。
 一時間後。
 静まり返った家の中に、玄関扉が開く音が鳴る。
「ただいま、母さん」
 若い声に、数人の足音が続く。
「友達連れて来たんだけど、何か飲み物あるかな?」
 彼の友人だろう。「お邪魔します」と断る声が二人分。いずれも彼と同年代と思える少年の声だ。
 母親がいつもいるキッチンへと、彼は歩きながらそう問いかけた。
「母さん」
 問いかける声に、彼女の声が答える。
「おかえり。今日もよく無事に帰ってきたわね」
 キッチンの出入り口にかけられたレースのカーテンの向こうに、佇む彼女の姿が見えた。
 どこかぎこちない微笑みを浮かべて、彼女は彼を見つめていた。

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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