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二次/一般/モンスターハンター
小説/二次【凍土に死す】
(0) cmts.  
 ぎし。
 ぎい、ぎし。
 錆びた鉄塊が擦れ合うような耳障りな音を響かせて、氷塊が川を流れて行く。
 言うまでもなく、川の水温は人を殺す。
 一吐きごとに凍て付いて落ちて行く吐息に喉を鳴らし、重い鎧の内で凍える身体を鼓舞して走る。
 幸いにして、寒冷の嵐は今はない。
 次第に目を焼く氷雪ばかりの空間。ほんの少しのそよ風が吹くだけで、粉雪交じりの風刃はさながら頬を削ぐようだ。雪深い土地に生きる木々がわずかに点在し、木の根元では、厚い脂肪の防寒服を身に備えた偶蹄類が、凍り付いた雪を掘り返して、ほんの少しの食物を探している。
 雪と氷と死に近い生しかない、こんな場所に何を求めて、あれは雪を蹴立ててやって来たのだろう。
 白銀に煌めく雪原においては余りにも目立ち過ぎる、黄と青の縞模様。
 保護色などとは無縁の生物だ。
 天敵などあろうはずがない。
 前足から広がる翼膜が示す、「飛竜」の種。
 態勢を低く、四つん這いになって地を駆ける、大頭と凶悪な顎の持ち主、轟竜ティガレックスが、今、その領域を支配する。
 だが彼は知る。
 支配に抗う者も、時に存在するということを。
 毛先まで凍えるような風、身を苛む純真無垢な無限の氷雪、悴む手足、震えて動きが鈍くなる思考。
 そんな恐ろしい寒さも、けれど今ではもう、叩き付ける鉄槌の欠片になって砕け散ってしまう。
 轟竜の鼻面に振り下ろされた槌は、神の裁きなどではない。
 それはただの狩猟に過ぎない。
 轟竜は常に食物連鎖の頂点に君臨出来るほどの力を持っていた。だから保護色などは必要ない。その身を脅かす天敵などは何処にもいないのだ。
 そのはずなら、今彼の目の前に躍り出て、その顔面に槌を叩き込んだ不届きものは何ものだ?
 真っ直ぐな殺意を持って、轟竜の眼を真っ向から睨みつけるこの小さな人間は、何ものだ?
 轟竜の前足程度はあろうか、ちっぽけな身に、仰々しい鎧兜を被せて、不釣り合いなほど大きな槌を手に持って、生殺与奪の頂点に君臨する轟竜の、鋼のように強固なその身体を傷付けようと躍起になって跳ね回るこれは、何ものなのだろう。
 何ものだって構わない。
 目障りだから、追い払おう。
 轟竜の意思は、至極、単純明瞭だった。
 これまで何度、雪山の白肌を震わせて来たか知れない、「轟竜」と呼ばれる所以たる凶器のようなその雄叫びで、人間の動きを封じ、慄いている間に大顎で噛み殺す。それがいつもの彼のやり方だった。
 今この領域を支配しているのは彼だ。
 だから、彼の思惑が外れることなどないと、彼は思っていた。
 一頭と一人が立ち回る白銀の雪原は、見る間に赤黒く汚されていく。
 氷山の陰から怯えて見つめる偶蹄類が、迷惑そうな鳴き声を零して、更なる雪山深くへ逃げて行く。
 爪が砕かれ、肩当が壊され、鉄槌が弾かれ、額が割られ、腹を打たれる。
 鋼鉄が割れ砕けるような耳障りな轟音が、幾度も交差し、人間の鮮血と轟竜の体液とが、真っ白な雪の大地に飛び散り染める。鋭利な爪を備えた足や、長い尻尾を振り回す轟竜と、それを回避するために転がり、槌を叩き付けるために走る人間の足のせいで、雪原のなだらかな平坦はもはや何処にも見受けられない。
 どちらのものか解らない無数の血飛沫に混ざり、雪が舞う。
 白く冷たく、小さな雪の粒が降る。
 雪と氷と、死に近い生しかない、こんな凍て付く世界に何を求めて、やって来たのだろうか。
 そこは確かに、彼が支配する世界だったはずなのに。
 いいや、死の間際には、気付いたのかも知れない。
 そこを支配するのは、轟竜でもなければ人間でもなく、ましてや物静かな偶蹄類でも、辺り一面を埋め尽くす氷雪でさえない。
 そこは、狩猟の場でしかない。
 支配者であるための条件はただ、狩人であること。
 白銀一色に染められたこの光景そのもののように、そこは、とても単純明瞭な世界である。
 ゆっくりと力が抜けていく。
 陽の温もりに近付いて、悴む身体の緊張が解れて力が抜けるように、身体中の生気が、ゆっくりと抜けていく。
 眠るように、彼は血塗れになって、息絶えた。
 血濡れの鉄槌を構えた狩人の足元に、轟竜ティガレックスの亡骸が、最期の雪を蹴立てて、倒れ込む。
 天敵などいない。
 そう思うようになった強い彼は、いつしか「怯える」強さを失った。
 右を向いても左を向いても天敵だらけの弱い彼らは、いつしか「逃げる」賢さを捨て、「歯向かう」愚かさを手に入れた。
 そして、「死を恐れる」生存本能が、彼の膝を折る。
 目の前でついに息絶えた轟竜の姿を見届けた直後、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた狩人は、生き残ったことに安堵しきった間の抜けた顔で、その場にぺたんと尻餅を突いたのだ。
 額を割られ、眼窩を窪ませ、潰れた鼻からも口からも血を垂れ流して倒れた、自分の何倍もの巨躯を持つ轟竜の亡骸を、返り血と負傷による自らの血とで汚れた顔で、ぼんやりと見つめた。
 垂れ落ちる鮮血が、砕けた爪が、散った雪の結晶を纏ってきらきらと煌めくのを見つめる内に、やがて彼の唇が、治まらない呼吸の末に、一つだけ声を漏らす。
「はぁ……」
 と、ただそれだけ、ただそれだけの、溜息を。
 ――ぎし。
 ぎい、ぎし。
 凍て付く氷雪の銀世界に、何処からともなく、鋼鉄が軋むような耳障りな音が、響く。

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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