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オリジナル/BL
小説/BL【どうかこの身に】
(0) cmts.  
 汽笛の叫びが耳を劈き、僕は小さな帝国旗を手に唇を噛んだ。
 彼の背に立ち止った黒い汽車が、彼を飲み込む奈落の口をぽっかり開く。
 旗を手に、僕は彼に笑って見せた。
「どうか偉大な御国の為に」
 彼も笑い、頷いた。
「ええ、きっと」
 あちこちであがる激励の掛け声。自国を称える勇壮な応援歌。そして泣き声。
 傍らのお母さんも、静かに涙を目に溜めて、彼をじっと見つめて居た。
「必ず」
「ええ、きっと」
 「必ず」。
 その言葉が、何を約束しようとするものか。
 それは考えない方がいい。
 考えたって、無駄だから。
 僕は、美しい軍服姿の彼の手を取り、握り締めた。
 僕と同じ、まだあどけなささえ残す右手。
 けれど、僕のものより遥かに力強い、逞しい手。
 顔も背丈も声も好みも何もかもが同じなのに、そこだけが違う。僕と彼の、生命力の強さ。そのせいで、僕は彼と共には行けない。
 握り締めて、僕は言う。
「貴方の手は、とても温かい」
「…………」
 彼は笑い、僕の身体を抱き寄せた。
「兄さんの身体も、とても温かい」
 僕を抱き締めて、彼はそう言った。
 少しだけ切なげに、端整なその顔を歪めて。
「兄さんは、生きている」
 抱き締める。その耳元で、うわ言のように囁く彼に、僕は瞬きを繰り返す。
「貴方も生きている」
「僕も兄さんも、同じです」
「同じ」
 僕も彼の背に腕を回し、抱き締めた。
 そうして、軍服の襟から覗く彼の首筋に、僕は唇を近付ける。
 寄せて、そして、歯を立てた。
 彼の首筋に歯を立てて噛み付き、首筋の皮膚を、少しだけ削り取る。
 削り取った小さな皮膚片を、舌の上から喉奥に導き、飲み込む。
 小さな小さな欠片だけれど、彼の一部を、僕は飲んだ。
 いつものように。
 いつも、僕も彼も、そうしているように。
「これで同じです。僕も貴方も、これで『同じ』です。『ひとつ』になれました」
 それは、小さなまじない。
 鏡に映る分身のようには、常に共に居られない。男女のように、つながり、証を残す事も出来ない。
 それでも僕達は、一つのものであるように、常に共にありたかった。
 だから、孤独を感じた時にはいつも、互いの一部を齧り取り、食べた。
「良かった。それなら、兄さんが生きて居る限りは、僕も生きていられますね」
「ええ、そうです。貴方が死ぬ時には、僕も共に逝けるのです」
 僕と彼とは、見つめ合って微笑んだ。
 いつものように。
 無邪気な子供のように笑い合った。
 母さんだけは、不思議そうに目を丸くしていた。

 黒い煙を噴き上げながら、黒い汽車は走り去って行く。
 僕の彼を乗せて連れて、騒々しくも速やかに。
 僕の彼を乗せて。
 寂しいけれど、寂しくない。
 手にした小さな帝国旗を振りながら、僕は悦びを感じて居た。
 僕と彼が一つになった証。
 先刻僕が歯を立てた、彼の首筋。
 僕の首筋、同じ位置に、感じる真新しい痛み。
 それは、僕と彼とが「ひとつ」になった証だ。
 無傷の首筋に滲む鮮血に喜悦を覚えながら、僕は去り行く汽車に旗を振った。
 良かった。
 これなら、僕が生きて居る限り、彼はどんな目にあっても生きて帰って来られる。
 これなら、彼が異国の空の下、一人砕け散る時も、僕は誰より先に彼の側に行ってあげられる。
 良かった。
07/6/19
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テーマ : オリジナル小説 - ジャンル : 小説・文学

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