← 新しいエントリー | main | 古いエントリー →
スポンサー広告
スポンサーサイト
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
オリジナル/一般
小説【あなたが吐いた】
(0) cmts.  
 体調が優れないと、言っていましたものね。
 食後三十分足らず、そんなに量も食べていなかったけれど、体が拒否をしたのでしょう。
 あなたの身を案じて私が見つめる目の前で、あなたは食べた物を吐き出し、床を汚しました。
 胃の底からこみ上げる不快の塊に頬を膨らませて、背を丸め腹を波打たせ、勢い良く嘔吐しました。
 噴水の水が飛沫をあげて迸るように吐き出して、蛇が尾を引いて逃げるように、口元から生白い糸を引いて、あなたは茫然と足元を見つめる。
 床を汚してしまった罪を感じているのでしょう。私はあなたに微笑みかけてそれを否定し、あなたに早く着替えるように言いました。だって床が汚れた以上に、立って嘔吐したあなたは、自らの衣服も足元も吐瀉で汚してしまったのですもの。その方が余程私の胸を痛めます。服を濡らした吐瀉物が、あなたの熱を奪って、あなたがさらに体調を崩すかもしれません。私に急かされるまま、あなたは汚れた衣服を替えに行きました。体調のためか罪悪感のためか、力なく背を向けるあなたに、温かくして早く横になるようにと、私は一言付け加えます。
 さて、汚れた床の掃除は私の仕事です。
 私はその場に膝を突いて、両手を突いて這いつくばって、あなたが吐いた物に顔を近付け、唇を付けます。
 そのままずるずると啜りました。
 吐瀉物は半透明に濁り、先ほど私と共に食べた物が、噛み砕かれて中途半端に溶かされた状態でごろついています。一度は浴びた胃液のせいなのでしょうか、酷く強い粘り気を持っています。まるでこの不定形の吐瀉物が、一つの膜ですっぽり覆われているかのように、端から啜っても向こうの端までぶるりと震えて応じます。
 あなたの中から出て来たばかりのそれは、あなたの肌のように柔らかく温かい。
 目を凝らせば湯気の立つ。
 固形と紛う鼻汁のような粘液が、啜る舌の上でぬろんと転がり、強い苦みと酸味が口一杯に広がって、消化不良の異臭が鼻を衝きます。
 温めたミルクの表面に張った膜を摘まむように、床に這い、あなたの吐瀉物を私は啜り、ごくごくと飲み下します。いいえ、水を飲むように速やかな喉ごしではありませんけれど。粘り気が非常に強いものですから、舌一杯分を飲み下すのにも、何度も舌をうねらせ奥に送り、何度も上向いて食道に落とさなければなりませんでした。
 あなたの舌に触れ、あなたの歯に叩かれ、あなたの喉を這い、あなたの胃に抱かれた、食べ物だったものを、私は嬉々とした面持ちで啜ります。
 豆の食感や肉の筋がまだ残っているものも、中にはありました。それは粘液ごと奥歯で噛み砕いて飲みました。ぐじゅ、と柔らかな食感が、脳にまで響きます。細かく噛み砕くほど、なお口の中にあなたの酸味が広がって、私はやはり嬉々とします。
 あなたと、何かを共有している気になったのでしょうね。
 愛するあなたと一つになりたい。
 それが私の本心ですもの。
 啜り、噛み、飲み下し、そうしてしまいには、あなたが吐いたものはすっかり私の胃に落ち着いてしまいました。
 わずかに残る吐瀉の残滓を、舌で丁寧に舐め取り、それも飲み下します。
 床はすっかり綺麗。元通りです。
 床から立ち上がると、唇を濡らす胃液のあとを指先で拭い、愛しいあなたの寝室へと向かいました。
関連記事

テーマ : オリジナル小説 - ジャンル : 小説・文学

Comment

∧top | under∨

Comment form

∧top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。