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オリジナル/BL

小説/BL【夜の目】

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          【夜の目】


 ある日、同じ年頃の男の子に出会った。
 オレと同じ十歳かそこらの男の子だ。
 酷く暗い目をしていた。
 俯いて塞ぎ込んだ顔をしていたけど、その表情は、顔中いたるところに負った傷のせいであるらしかった。
 いや、傷は顔だけじゃない。
 そいつは全身傷だらけだった。
 顔も手も腕も、半ズボンから伸びた脚も、服で隠せない体中そこかしこに、痣や擦り傷や絆創膏が見られた。服の内側の肌も、これじゃ傷だらけなのかもしれない。
 そいつはオレの前に歩いて来て、立ち止まった。
 オレに何か用でもあるのかと思って、オレも足を止めてそいつを見た。
 でもそいつは何も言わない。
 いや、オレの顔も見ようとしない。
 ただ黙って俯いているばかりだ。
 目の前にオレという通行人がいることに気付いていないのだろうか。こんな辛気臭い面をした奴と、黙って見つめ合っていても時間が勿体ない。
 オレはそいつの脇を抜けて行こうとした。
 したけど、でも、爪先がぴくりと震えただけで、足は動かなかった。
 思い止まった、みたいなことか。
 そいつが、ほんの少しだけ顎を上げて、オレの目を見たんだ。


 死んでる目だ。
 気持ち悪い。
 まるで幽霊みたいだ。
「何だよ……何か用か?」
 死んでるその目に感じた恐怖心を誤魔化すみたいに、威圧を込めた低い声で言う。
 そいつは、オレに言われるとびくりと肩を震わせて唇を噛んだ。
 そして目を逸らす。また俯く。
 俯いて足元を見下ろすそいつの目に、何か滲んだ。
 悲しみとか痛みとか苦しみとか、そんなような「生きた感情」が、じわりと滲み出て来た。
 その時わかった。
 こいつは幽霊なんかじゃなく、オレと同じ、ちゃんと生きてる人間なんだ、って。
 オレと同じ生きてる人間。いや、「生きてる」っていうより、「死んでない」ってだけか。
 幽霊じゃないだけ。
 人間でもない。
 ただ、死んでないだけ。
 体中に負ったいくつもの傷跡が、こいつをそんな風に、呼吸をする幽霊に変えてしまったんだろうか。
 何なんだろう、こいつ。
 生きてるけど、生きてない。
 そうとわかると、段々と興味が湧いて来た。
 オレに話したいことでもあるのか何なのか、黙ったままだからそれはわからないけど、こいつからは面白い話しが聞けるんじゃないかと思った。
 だから、少しだけ顔を綻ばせて、優しい声を作って、問い掛ける。
「その傷、どうしたんだ? 痣だらけじゃねぇか。誰かにやられたのか?」
 戸惑うように目をきょろきょろさせて、キュッと唇を結んでから、そいつは恐る恐る口を開いた。今にも消え入りそうな小さな声で答える。
「お……お父さんを……怒らせたから……」
「お父さん? オヤジに殴られたのか?」
「僕が……悪いんだ。駄目な奴だから……お父さんに、迷惑かけるから……僕が、お父さんを怒らせちゃったから……」
「……ふぅん」
 そいつの腕や足を、じっくりと見つめてみる。
 真新しい青紫色の痣も多くあるけど、治りかけの薄紅色のものも数多く見える。
 しょっちゅうオヤジさんを怒らせては殴られてる、ってわけか。
「そんなに……痛むだろ?」
「…………」
 両手で半ズボンの裾を握り締め、否定するでもなく肯定するでもなく、首を左右に揺らす。
「へ、平気だよ……だって……だって、愛情表現だもん。僕を嫌ってるから打つわけじゃないもん……僕がお父さんの子供だから、だからちゃんとした大人になって欲しくて……打つんだから……痛くなんかないよ……嬉しいんだよ、僕は……」
「嬉しいんだ?」
「嬉しいよ……お父さんは、僕を大切に思ってるから……だから僕を、打つんだ……痛くなんかないよ」
「ふぅーん……」
「……嬉しいんだ、僕は」
「…………」
 死んだ目をして唇を震わせながら、そいつはオレの前から歩き去った。
 変な奴。
 実の親が、愛情表現だって言って子供を殴って痣まで作るなんて、そんな馬鹿な話があるわけないじゃないか。
 あり得ないよ、そんなの。
 そんなの愛情表現なんかじゃないよ。これっぽっちも愛されてなんかないんじゃないか? 邪魔にしか思われてないんだろう。放っておけば、その内に殺されるかもしれないってのに。
 なのに、殴られて嬉しいんだって。
 気持ち悪い。変態じゃないか。
 嬉しいわけない。
 悲しくて悔しくて許せないはずだ。本当は、「殺したい」とさえ思えるはずだ。
 殺される前に殺してやりたい、って、そう思ってもおかしくないはずだ。
 それなのに、嬉しい、だってさ。
 変な奴。
 あ。名前聞くの忘れた。
 ま、いいか。こんな所で会うくらいだ。どうせ家も近くなんだろうし、また会うかもしれない。その時にでも聞こう。

 数日後のことである。
 ほらね。やっぱりまた会った。
 またオレの前に立って、黙って俯く。
「お前、名前何ていうんだ?」
 少し顔を上げてオレを見て、すぐまた俯く。
「サトシ」
「オレはトモキ。よろしくな?」
「…………」
「…………」
 愛想のない奴。きっと友達もいないんだろう。可哀想に。
 無愛想なサトシに唇を曲げもしたが、オレって見た感じよりもずっと優しい奴なんだ。サトシもきっとそれをわかっていてオレに近付いて来たんだろう。だから優しいオレは、すぐに気持ちを切り替えてサトシに問い掛けた。
「その目……また殴られたのか?」
 この前会った時にはなかったはずだ。
 左目元の痣。
 サトシがいうところの「愛情表現」で、オヤジさんにまた殴られたのだろう。児童虐待で訴えられるぞ。
 オレに言われると、サトシは目元の痣に指先で触れて、小さく小さく頷いた。
「うん。パン屑……零しちゃったから」
「パン屑!? その程度で殴られンのか!?」
 余りに神経質な言葉に、素っ頓狂な声をあげる。
 そんなオレに気を悪くしたのか、サトシは顔を真っ赤にして急に声を荒げた。
「躾なんだよ! 僕がだらしないから、お父さんがちゃんと躾けてくれてるんだ! これでいいんだよ! こうしないと僕はちゃんとした大人になれないから、だから僕はお父さんに感謝しなくちゃいけないんだ!」
「…………」
 感謝しなくちゃいけないんだ?
 変なの。
 感謝なんて、敢えて意識してするものでもないだろ?
 それに、感謝してる割りには、こいつの顔は初めて会った時と同じ、凄く辛気臭い。
 感謝なんか、本当は露ほどもしちゃいないんじゃないのか?
 そう思ったけれど、オレは何も言わなかった。
 こいつは何処か、普通の人とズレてる部分があるようだから、どうせ何を言っても無駄だろう。
 オレはただ、呆れたように笑うだけだ。
「教育熱心ないいオヤジさんなんだな。よかったじゃねぇか」
「…………」
 死んでる目だ。
 死んでないだけの、ただ呼吸してるだけの、気持ちの悪い目だ。
 そんな目をしてサトシはゆっくりと浅く頷いて見せる。
 「うん」と答えた声も、声だったのか吐息だったのか、よくわからない。
 とにかくサトシは、俯いたまま、まるで自分に言い聞かせるみたいに、オレに言った。
「うん。よかったよ……僕はお父さんに愛されてるんだ。お父さんからとても大切に思われてるんだ。僕は幸せ者なんだよ。僕は幸せなんだ。お父さんから、こんなにも愛されてるんだから……幸せなんだ」
「……よかったねぇ」
 いいオヤジなわけないだろ。
 自分の子供、詰まんないことで殴る奴なんか、いい人間であるはずないだろ。
 馬鹿じゃないのかこいつ。
 そうやって自分は親に愛されてるんだ、って思い込もうとしてる内に、しまいには殺されちまうよ。
 こいつ馬鹿なんだ。
 自分の親が、大した理由もなく自分を傷つけ苦しめるわけない、って、信じてる。
 いや、必死にそう信じようとしてる。
 馬鹿だ。
 こいつ、頭がイカれちまってるんだ。
 可哀想に。

 数日経って、また会った。
 今度は、唇が割れて赤く染まり、細い首筋には手で絞めたような痕が残っていた。着ている服は所々破けてズタボロになっている。
「今日は何を零したんだ?」
「零してない。何にも」
 サトシはやっぱり俯き人間。オレの目なんか見ようとしない。
「じゃあ何で躾けられたんだよ?」
「……『お母さん』、って……言っちゃったからかなぁ……?」
「はぁ? 何それ?」
「……僕のお母さんね、しばらく前から、帰って来ないんだ」
「……へぇ」
 逃げたんじゃないのか? 暴力夫から。
「仕事が忙しくて、きっと帰って来られないんだよ」
「ふーん……」
 逃げたんだよ。
 お前を置いて逃げ出したんだ。
 冷たい母親だよな。血を分けた実の息子を放り出して、自分だけ新天地に逃避してるなんてさ。
 お前捨てられたんだよ。
 サトシは母親に捨てられたんだ。母親は自分の命惜しさに、可愛い息子を捨てて、自分だけ平穏に逃げたんだ。
 でもサトシはそれをわかっちゃいない。
 信じようとしてるのかな?
 父親が本当は自分を愛してる、って信じようとしてるみたいに、母親もいつかきっと帰って来てくれる、って、信じようとしてるのかな。
 馬鹿だなぁ。
 自分の子供捨てて逃げるようなそんな女、もうとっくに新しい男作って、新しく子供作って、お前のことなんか忘れて幸せに暮らしてる、ってのに。
 そんな傷だらけになって、ただ耐えて待ってたって、誰も助けになんか来ちゃくれない、ってのに。
「お母さんの話をすると、お父さん……怒るんだ」
「仲悪かったんだろ? オヤジとオフクロ。だったらそりゃ、そんな話題にいい顔しないよ」
「そんなことない。仲良いよ、とっても。だっていつも二人とも、優しくって、笑ってて、僕のこと可愛がってくれたもん」
「その首は誰に絞められたの?」
「…………」
「優しく笑って可愛がってくれてたオヤジさんが、絞めたんだろ?」
「……僕が悪いからだよ」
「普通いないぜ? 自分の子供の首、痕が残るほど、本気で絞めようとする親なんて」
「本気じゃないよ。僕が謝ったら、すぐに放してくれたもん。僕がちゃんと謝って、いい子でいれば、お父さんも乱暴なことしないから」
「愛されてないよ、お前」
「愛されてるよっ!」
 顔を上げて今までで一番意思の強い眼差しでオレを睨み、叫んだ。
「愛情表現、躾け……愛情表現、躾け……愛情表現、躾け……」
 怒鳴って、そしてすぐにプツンと何かが切れたように、また目が死んでしまう。
 そして二つの嘘の単語を繰り返しながら、オレの前からフラフラと去って行った。
「……愛されてないよ……お前なんか……」
 抜け殻みたいなサトシの後姿を見送り、突き放すように、吐き捨てた。

 また数日が経って、オレの前にやって来たサトシは、気味が悪いほど満面の笑顔を浮かべる。
「何それ……何かあった?」
 サトシの笑顔を訝しげに睨みつつ、問い掛ける。
 サトシは不気味な笑顔を浮かべたまま答えた。
「遊んでて転んだだけです。友達と喧嘩しただけです」
「はぁ?」
「…………」
 ふう、と息を吐くと同時に、満面の笑顔は跡形もなく消えた。
 そしていつもの、辛気臭い顔で俯くサトシ。
 気持ちの悪い奴だ。
「……今日ね、保護施設の人が来たんだ。誰かが言ったみたいなんだ。僕がお父さんにギャクタイされてる、って」
「…………」
 オレじゃない。
 でもオレ以外の人達も、やっぱりそう見てた、ってことか。
 そりゃそうだよな。こんなに毎度毎度真新しい傷を作ってちゃ、誰が見てもおかしいと思う。
「誤解です、って言ったんだ。お父さんはそんな酷いことする人じゃありません、って」
 オヤジさんにそう命令されたんじゃないのか?
 余計なことは言うな、って、それでまた暴力を振るわれたんじゃないのか? 外見からではわからない、服に隠れる部分を傷付けられたり、したんじゃないのか?
「それでね、納得してもらうために、笑って見せたんだ。施設の人達に、笑って、『転んだだけです、喧嘩しただけです』って説明したんだ」
「あー、それでね」
「うん……笑ったよ、僕」
「…………」
 気持ちの悪い笑顔だった。
 笑い慣れていない、笑い方を知らないような、不器用な笑顔だった。
 オレならもっと自然に、もっと明るく楽しそうに笑えるのに。
 オレなら、きっともっと子供らしく笑える。
「笑うのって、怖いね」
「……だって笑顔って、嘘吐くために使うものじゃないからな」
「…………」
「笑顔って、作って見せるモンじゃなくて、自然に浮いてくるモンだぜ?」
「…………」
 指先を震わせている。
 肩が震えている。
 可哀想だね。
 笑ったこともないなんて。
 そんなんじゃ、生きてたって何にも楽しくなんかないだろう。

 早朝、オレを呼ぶ声で目が覚めた。
 見るとあいつがいた。
 何だこいつ。何でオレの家にまで来てるんだ?
 でもオレの戸惑いなんかお構いなしに、サトシは言う。
「やっぱり僕は愛されてるんだよ」
「は?」
「お父さんは僕を愛してくれてたんだよ、ちゃんと。やっぱり僕はお父さんに愛されてて、お父さんは僕を大切に思ってくれてたんだ」
「何それ、どういう意味?」
「お父さんは僕を犯したんだ。これって愛されてる、ってことだよね? 愛してるから、滅茶苦茶に犯したくなるんだよね? 愛してるから、身体が欲しくなるんだよね? 愛してるから、ぐちゃぐちゃに叩き潰したくなるんだよね? 前にテレビでそんなこと言ってたよ。ほらね、やっぱり僕はお父さんに愛されてた。やっぱりお父さんは僕を愛してた! やっぱり僕はお父さんに愛されてたんだ!」
 サトシは繰り返しそう叫んだ。
 身体を震わせヒステリックに声をあげて髪を掻き毟り、床を叩き、「愛されてるんだ」と叫んだ。
 こいつは頭がどうかしてるんだ。
 よく見れば丸裸の下半身にはどす黒い血がこびり付いてる。そんな風にされて「愛されてる」だなんて、誰がどう考えたっておかしいだろう。
 愛してるから滅茶苦茶にしたくなる?
 こいつ、頭の中でウジ虫を飼ってるんだ。
 脳味噌を何処かに置き忘れてきちまったんだ。
 こいつは馬鹿なんだ。
 自分は父親から愛されてるんだ、って証を、どんな誤魔化しでもいいからとにかく欲しがっている。
 愛されていると思い込むことで、自分の存在理由と理性を、傷だらけの細腕で守ろうとしているんだ。
 ここまでの馬鹿は今まで見たことない。
 そう思ったら、面白くて仕方がなくなって来た。
 床を叩き声をあげて泣き叫ぶサトシを見下ろし、オレは言った。
「なぁ、サトシ。だったら、お前もオヤジさんを愛してやったらどうだ?」
「…………」
 びくん、と肩が震えた。
「お前もオヤジさんのこと大好きだろ? お前のこと可愛がって、お前の将来のためにいつも厳しく躾けてくれるオヤジさんのこと、お前だって愛してるんだろ? だったら、オヤジさんがやったように、お前もオヤジさんを愛してやれよ。滅茶苦茶に切り刻んでぐちゃぐちゃに叩き潰してズタボロのゴミ屑みたいに蹴ッ散らかして、オヤジさんを愛してやれよ」
 言いながら、オレの声は笑っていた。
 想像するとおかしかったんだ。
 こいつもきっと笑うだろうから。
 「うん、そうだね」なんて言って、こいつもきっと笑うだろうから、そして本当にオヤジさんを「愛して」しまうだろうから、そう考えると、面白くて堪らなかったのだ。
 静かにゆっくりと言い聞かせて、笑いながら様子を見ていると、やがてサトシは顔を上げた。
 顔を上げて、笑う。
「……うん。そうだね」
 ほらやっぱり。
 思った通りだ。
 オレの思った通りに言った。
 まったくパターンの読める奴だよ。
 オレは腹を抱えて笑った。
 サトシは早速オレの前から立ち去り、台所から包丁を持って来て寝室に入って行った。
 お父さんはさっきまで僕が寝ていた布団の中で、気持ちよさそうに眠っていた。
 布団はぐちゃぐちゃに乱れてる。
 シーツも枕もタオルケットも部屋中に散らばって、僕の下着も破けて床に落ちてる。
 僕の血で黒く汚れた布団の上で、お父さんは気持ちよさそうに寝息を立てているのだ。
 お父さんの上に跨って、その寝顔をじっくりと見つめた。
 僕を愛してくれた人だ。
 そして僕が愛すべき人だ。
 お父さんは酷く乱暴な方法で僕を愛してくれた。
 そして僕も、少し荒っぽい方法で、これからお父さんを愛してあげる。
 トモくんが教えてくれた。
 お父さんがやったように、僕もお父さんを愛してやれ、って。
 滅茶苦茶に切り刻んでぐちゃぐちゃに叩き潰してズタボロのゴミ屑みたいに蹴ッ散らかして、お父さんを愛してやれ、って。
 包丁の柄を両手でしっかりと掴んで、振り上げた。
 お父さんの顔面に突き刺した。
 鼻筋から右目に刃が滑って突き刺さる。
 頬を突き、口を突き、喉に突き刺した。
 胸に繰り返し繰り返し突き刺した。
 お腹に繰り返し繰り返し突き刺した。
 何度も繰り返し突き刺した。
 してるんじゃない。
 殺してるんじゃない。
 愛してるんだ。
 僕はお父さんを愛してるんだ。
 僕はお父さんを愛してる。
 僕は今、お父さんを愛してる。
 僕は今、お父さんを抱いている。
 僕はお父さんを愛してるんだ。
 僕は、お父さんを愛しているんだ!
 滅茶苦茶に抱き締めて、ぐちゃぐちゃに触れて愛撫して、ズタボロのゴミ屑みたいに想いを突き上げている。
 愛してる。
 何だろう。
 体中に不思議な熱が浮かび始める。
 今までにないような強い想いが、体中を巡っていく。
 熱くて、でも心地良い、濁流みたいな衝動がお腹の底から押し寄せて来て、僕は叫んだ。
「愛してる、お父さん愛してる! お父さん大好きだよ、愛してる! お父さん愛してる!」
 湧き上がる。
 爪先から高ぶりが振動となって全身を舐めしゃぶり、総毛立つようだった。
 突き刺す「想い」が跳ね上げるお父さんの血飛沫は、色こそ違えど、さっき僕の身体に浴びせられたどろりとした粘液みたいで、とても熱かった。お父さんが僕を愛してくれた時と同じように、今僕がお父さんを愛している時にも、お父さんはこうして、さっきと同じ反応を示してくれている。
 お父さんもきっと喜んでるんだ。
 お父さんも、僕に愛されて喜んでる。
 やっぱり僕らは愛し合ってたんだ。
 やっぱり僕らは、この上もなく幸せな親子関係を築いていた。
 嬉しい。
 嬉しくて、顔が歪む。
 お父さんの体液を浴びた顔が、自然に醜く歪んでいった。
 トモくんの言葉が蘇る。
 本当だ。
 「笑顔っていうのは、自然に浮いて来る」ものなんだ。
「愛してる! 愛してる、愛してる、愛してる!」
 笑い過ぎてお腹が苦しくなるほどに、こんなに笑ったことなんかないよ。
 こんなに楽しい思い、したことないよ。
 こんなに幸せな気持ち、初めてだよ。
 こんなにお父さんを愛しいと想ったこと、なかったよ。
 「愛してる」、そう叫びながら繰り返し突き刺して、突き刺して切り裂いて掻き混ぜて、そうしてやがて、手を放した。
 包丁を、僕の破れた下着の方へ放り投げて、僕はお父さんの上に倒れ込んだ。
 突き刺している間は、夢中になってて気付かなかった。けど、柄を握る手がお父さんの体液で滑って、僕自身の手も刃で少し傷付けてしまったようだ。ちょっとだけ痛む。
 でも平気だ。
 これもお父さんの愛情表現だと思えば、全然苦痛じゃない。
 お父さんの胸もお腹も顔も、ぐちゃぐちゃのどろどろになってる。
 僕はそのぐちゃぐちゃの中に手を挿し込み、頬を擦らせた。
 温かくてぬるぬるしてて、柔らかくて優しくて、気持ちいい。
「トモくん、僕、お父さんを愛してあげたよ? お父さん、凄く喜んでくれた……」
「そうか。よかったじゃねぇか」
 トモくんも笑ってた。
 笑い声を聞いて思い出し、このことも伝える。
「そういえば僕、自然に笑えたよ。トモくんの言ったことは本当だったね。笑顔って、自然に出て来るものなんだね……凄く楽しかったよ……」
「オヤジさんを愛してやるの、そんなに楽しかったのか?」
「うん、凄く」
「相思相愛だな。サトシ」
「うん……」
 膝を曲げて背を丸めて身を縮込ませ、お父さんの温もりの中に全身を浸す。
「あぁ、気持ちいい……」
「そんなのが気持ちいいのか? だったらしばらくそうしてろよ。どうせ今日は日曜日だし、誰も邪魔になんか来ないぜ」
「うん、そうだね……僕、もうちょっとこうしてるよ……ありがとう、トモくん……」
「どういたしまして」
 短くそう言って、トモくんは笑う。
 トモくんの声は、僕の声と少し似てる。
 でも、そんなことどうでもいい。
 お父さんの腸の切れ端を足に絡めて、お父さんの心臓の欠片を手に握り締めて、お父さんの体液を舌に乗せて、僕は目を閉じた。
 目が覚めた時にはきっと、今までにないくらい晴れやかな気持ちでいるだろう。
 眠っている間はきっと、優しいお父さんと優しいお母さんの夢を見られるだろう。
 僕はもう、誰にも嘘を吐かなくていいんだ。
 学校の友達にも、先生にも、近所の人にも、保護施設の人にも、僕自身にも、嘘なんか吐かなくていい。
 これからは、胸を張って本当のことを言える。
 僕は両親から大切にされて育った、世界一幸せな子です。
 僕とお父さんは、深く愛し合っています。
 これからは、誰にでも堂々とそう言える。
 その真実に頬を綻ばせ、自然な微笑みを浮かべながら、僕は静かに眠った。




          【もうひとつの目】




 女が出て行ってから一年。
 部屋で顔を合わせるのは、辛気臭い面をした暗いガキ一人。
 毎日毎日葬式みたいなこいつの顔を見ていると、それだけで気が滅入って来る。
 女の身体は好きだが、やればやるほどガキが出来る、ってのが好きじゃない。
 しかも女は、それを楯に取って男を食い物にしようとするのだから始末が悪い。
 こんな奴さえ出来なければ、俺は今でも悠々自適の一人暮らしを満喫していたはずなのだ。
 そう考えるほどに、この薄暗いガキに対する苛立ちが溢れて来て止まらなくなって、暴力となって具現してしまう。
 だがたとえそうして暴力を振るってしまうとしても、こいつを投げ出さずにきちんと面倒を見てやっているだけ、俺は出来た父親だと思う。
 こいつを産んだ女も散々殴って来たが、あいつはそれが原因で俺の許から逃げた。だがこいつは逃げない。逃げられないのだから逃げるはずがない。こんなガキ一人、例え逃げたってすぐに親元へ連れ戻されるとわかっているはずだ。逃げても無駄なんだ。
 だからこいつは俺の玩具みたいなものだ。
 俺の苛立ちを受け入れ、俺の怒りを宥め、俺の欲求のすべてを消化する、俺だけの玩具のようなものだ。
 こいつも最近ではそれがわかって来たのか、逆らわなくなって来た。
 泣くのを必死に堪えようとしゃくり上げながら、暴力を振るわれるのは自分が悪いせいだと判断し、汚れた床に跪いて「ごめんなさい」とひたすらに繰り返すこいつを見るのは、中々に気分がいい。ヒーヒー泣き叫んで逃げ惑うあいつを殴るのも楽しかったが、全身全霊で俺に絶対服従を示すこいつをいたぶるのも、なかなかに楽しい。
 殴る理由は何だっていい。食い物を零した、返事が小さかった、目つきが悪かった。適当なところを突付いて髪を鷲掴み、引き摺り倒して頬を平手で張り飛ばすと「ごめんなさい」と鳴き始める。
 華奢な身体を壁に叩き付けて、卓上に顔面を押し付け、ベルトで背や尻を叩き続けると、しまいには小便を漏らす。それでまた「躾」の種が出来るわけだ。犬のように這い蹲らせて小便に鼻先を擦り付け、涙と鼻水と涎を加えた水溜りをさらに広げてやる。そうすると、こいつは自分から舌を出して床を綺麗にし始めるのだ。前に一度教えたことを律儀に覚えているのだ。
 だがこいつが自分の母親のことを口に出すと、関係なしに、無条件に手が出る。
 あの女は、こいつを俺に押し付けて俺の許から逃げた糞女だ。
 そりゃ話題に出されりゃ腹も立つ。
 カッとなって、だからついガキをぶん殴る。
 ある時には、何度も殴っている内に興奮して、ガキの首を絞めたこともあった。
 さすがにこんなガキ一人殺したくらいで、人生だいなしにしたくはないからすぐ手を放したものの、息を詰められ苦痛に喘ぐ歪んだ顔が面白くて、絞めたり放したりを繰り返してみたりもした。
 児童相談所の人間がやって来て、俺がこいつに虐待を加えてるんじゃないか、と疑って来ることもあった。
 いや、疑うも何もないな。事実、虐待なんだから。
 だがこいつはどんな人間が話を聞きに来ても、俺への服従の姿勢を崩さない。
 一度だけ、こいつが余計なことを言ったせいで、俺の立場が危うくなったことがあった。
 その時に溺死させられそうになったことを、こいつが忘れるわけもない。思えばその時から、こいつは俺に忠実な奴隷になったんだ。
 だから今じゃ、下手な笑顔作って率先してお節介共を追い返してくれる。
 こいつは馬鹿なんだ。
 自分の身を守ることを考えちゃいるが、その方法を間違ってる。
 暴力を振るう俺から逃げようとするんじゃなくて、俺から受ける暴力を軽減しようと必死になっているのだ。
 そうなるように仕向けたのは俺だが、まぁ、馬鹿な子ほど可愛いという言葉もあるくらいだ。
 それはそれでヨシとしよう。

 ある夜のこと。
 その日は、手頃な女が引っ掛からなかった。
 暇そうにこっちを見るのはブスとデブばかりで、かといって、金を払ってまでやりたい女がいるわけでもなし。
 でも、やれないと思うと余計にやりたくなるのが男だろう。
 家に帰ったら、ガキが背を丸めて布団の中に小さくなっていた。
 そういえば、近頃じゃこいつ、風呂場の鏡に向かって一人ぶつぶつ呟いてるが、とうとう頭がイカれたのかもしれない。
 その時ふと思った。
 このくらいのガキなら、男でも女でも似たようなものじゃないか? その上、頭もイカれちまってるなら、自分が何されてるかもわからないだろうし、好都合じゃないか。
 ガキや男に興味はないが、反応のある穴ならこの際何でもよかった。
 布団を剥ぎ取りガキのケツを剥き出して突き刺した。
 えらくキツかったが、悪くない。
 数回往復する内にそのキツさが癖になって来た。
 ガキは布団を掻き毟って逃げようともがいたが、顔や腹を何度か殴っている内に大人しく犯されるようになった。
 二度、三度と繰り返していたら、その内ガキがぶつぶつ言い始めた。
 「愛されてるんだ。僕は愛されてるんだ」。
 何をわけのわからないことを言っているのかと思ったが、そう思ってじっとしているなら、抵抗されるよりマシだ。好きに言わせておいてやれ。
 俺の気が済んだのは、明け方近くなってからだった。
 ガキの血と糞に塗れた一物を引き抜いて、そのまま横に転がって目を閉じた。
 タダで思う存分やれたのは久し振りだ。
 事後の疲れが腰に纏わり付くようだったが、それさえも心地良かった。
 これからは、女が捕まらなくても心配することはなさそうだ。
 疲労と安堵で急に眠くなって、意識が遠のく。
 そんな頃、隣に横たわっていたガキが起き出す気配を感じたが、放って置いた。

2009.1

※以前「各命堂福袋」に収録したものを修正して公開しています。
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